STUDIO TORIUMI
買った本を自分で電子化することを自炊と言います。 日本の著作権法では自分でやる分には合法で、他人に頼むと違法という、 少し変わった線が引かれています。 ここでは法律の線と、3方式の時間・費用・精度を先に整理し、 最後に「動画でめくりながら撮る」方式が技術的に何を要求するのかまで踏み込みます。
ここを間違えると、うまくやるほど問題が大きくなります。3つだけ覚えてください。
著作権法第30条(私的使用のための複製)が認めています。 自分または家庭内など限られた範囲で使うぶんには、 裁断しようがスキャンしようが自由です。
本を切ることそのものは、著作権の問題ではありません。 あなたが買った紙は、あなたの物です。
お金を払って業者にスキャンしてもらう形は、2014年の知財高裁で違法と判断されました。 複製しているのは業者であって「私的使用」に当たらない、という理屈です。
ここが直感に反するところです。自分でやれば合法、頼めば違法。 手間を金で解決する道が、法的に塞がっています。
私的複製の範囲を出た瞬間に違法です。友人に渡す、クラウドで共有する、 販売する——すべて該当します。
近年はアップロード側だけでなくダウンロード側も違法になる範囲が広がっています。 作ったファイルは自分の中で完結させてください。
単純に置き場所です。それと、電子化して初めて全文検索がかかる。 積んだ本の中身を横断して検索できるようになると、蔵書の使い方が変わります。
電子書籍で売っている本なら、買い直したほうが速くて綺麗です。 自炊が意味を持つのは、電子版が存在しない本——絶版、専門書、同人誌、自費出版、古い技術書。 そこが本当の用途です。
どれが一番、はありません。本を壊していいかと冊数でほぼ決まります。
背表紙を裁断機で切り落とし、バラバラの紙束をドキュメントスキャナ(ScanSnap系)に入れる。 1冊あたり5〜10分で、両面・自動給紙・自動傾き補正まで済みます。
画質も精度も、この方式が圧倒的です。紙が平らだから。 歪み補正が要らないぶん、OCRの精度も一段違います。
vFlat、Adobe Scan、iPhoneの標準メモなど。 見開きを撮ると自動で2ページに分割し、指を消し、湾曲を補正してくれます。 この分野の完成度はここ数年でかなり上がりました。
問題は速度です。300ページの本なら150回シャッターを切る。 自動撮影モードを使っても、1冊30〜60分はかかります。
本をパラパラとめくる様子を動画で撮り、あとからフレームを抜き出して ページを再構成する方式。撮影は1冊1〜2分で終わります。処理は後回しにできる。
撮る時間だけを見れば圧勝です。1枚ずつ撮る方式の20〜30分の1。 にもかかわらず主流になっていないのは、後処理が難しいからです。 何が難しいのかは、次の章で分解します。
「動画を撮ってOCRにかける」は一文で言えますが、実際には5つの別々の問題です。 どれか一つでも落とすと使い物になりません。
1冊2分の動画は、30fpsなら3,600フレームあります。 そのうち使えるのはページが平らに開いて静止した一瞬だけ。 めくり途中はすべて捨てる必要があります。
実装としてはラプラシアン分散でブレを検出し、 連続フレームの差分が小さくなった=動きが止まった瞬間を候補にするのが基本形です。
本は平らに開きません。ノド(綴じ side)に向かって紙が湾曲するので、 文字が曲がり、行が波打ちます。OCRの精度はここで決まります。
vFlatの主機能がまさにこれで、この一点で製品の優劣がつくと言っていい。 ページの輪郭から3D的な曲面を推定して平面に戻す処理が要ります。
同一ページが連続フレームに写るので、「同じページ」をまとめて1枚選ぶ必要があります。 画像の類似度だけで判定すると、似た見開きを取り違える。
実用的にはノンブル(ページ番号)をOCRで読んで並べ直すのが確実ですが、 ノンブルが無い本、位置が動く本があるので、これだけでは足りません。
照明とシャッタースピードが足りなければ、後処理では救えません。 速くめくるほどブレる。暗いほどシャッターが遅くなり、さらにブレる。
だから実際の製品は「明るい場所で、ゆっくりめくって」とユーザーに指示することになります。 ここを設計に含めないと、レビュー欄が「読み取れない」で埋まります。
数年前と決定的に違うのがこの部分です。 Apple の Vision フレームワークと Google の ML Kit が、端末内で無料で動きます。 日本語の縦書きも実用水準に入りました。
つまりOCRエンジンを自作する必要はない。 勝負は前工程(01〜04)に移っています。
OCRが無料かつ高精度になったことで、難所が「文字を読むこと」から「良いフレームを選ぶこと」に移動しました。 前者は巨大な研究投資が要りましたが、後者は画像処理と設計の工夫です。
そして既存アプリの主流は、いまも1ページずつ撮る方式です。 「動画を投げ込むだけ」の体験は、まだ埋まっていません。 個人開発が入れる隙間があるとしたら、ここです。
vFlat は無料で、歪み補正も指の除去も完成度が高い。CamScanner、Adobe Scan、 iPhoneの標準機能も無料です。「スキャンできます」だけでは勝てません。
差がつくとしたら撮影にかかる時間の一点です。 30分が2分になるなら理由になりますが、 精度が落ちて結局撮り直すなら、意味がありません。 ここを実測で示せるかどうかが分かれ目です。
どの方式でも共通します。ソフトを変えるより効きます。
OCRの目安は300dpi。文庫本の小さい文字なら400dpi欲しい。 スマホ撮影の場合はページいっぱいにフレームを埋めることが実質的な解像度確保になります。
正面から当てると紙の反射が白飛びします。 斜め上から2方向で当てると影が消え、コントラストが安定する。 蛍光灯1本の下で撮るのが、いちばん失敗します。
昔の常識は「2値化して軽くする」でしたが、 現代のOCRはグレースケールのほうが精度が出ることが多い。 薄い文字や網かけが潰れなくなるためです。
日本語の縦書きは、自動判定に任せると横書きとして読まれて崩れることがあります。 言語と書字方向を明示的に指定できるツールを選ぶと精度が跳ねます。
方式ごとに分けました。いきなり全部揃えないこと—— まずスマホで数冊試して、続きそうなら投資する順番が安全です。
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法律の解説は一般的な整理であり、個別の事案についての法的助言ではありません。 判断に迷う場合は専門家にご相談ください。
電子版が売られている本は、買い直したほうが速くて綺麗です。 自炊が本当に意味を持つのは、電子版が存在しない本だけだと考えています。